最後の願い
しかし、にも拘(かかわ)らずこのまま翔子を残して私は逝けない。翔子は書道に才能があると思われがちだが、他にダンスにも音楽にも才能はある。ただ私が書の道でしか生きられなかったので翔子も書家になっているのであって、もし私がダンサーであったなら、今頃、翔子は有能なダンサーになったであろうと思う。
しかしそれよりもなお翔子の真の最大の才能は、他の人を思いやり、優しく、淋しい人や悲しい人を救いたいという想いにある。
その翔子に最適な仕事は実はウエイトレスなのです。
私の亡き後は喫茶店を開いてあげておけば「いらっしゃいませ」と訪れる人をお迎えし、人の心に入りおもてなしをする、素敵な翔子の生涯の仕事になるだろう。
小さな喫茶店を開いてあげたい思いは長い間の私の願望であったけれど、諸々の事情に阻まれて喫茶店は開けないでいた。しかし私が80歳を迎え、やっと機が熟し開店の運びとなった。
私の最後の翔子への仕事選びの終活が完成する。これから、翔子は「翔子の喫茶店」で念願のウエイトレスになり楽しく生きていくでしょう。私の最後の想いが叶った。
私の人生は悲喜こもごも含めて素晴らしい人生であり、いつ終わっても良いと思うけれど、翔子を書家として残していくことが不安であった。しかしもう大丈夫です。
最後の願いを叶えてくれた神に、今、深く感謝の祈りを捧げる。
金澤泰子
※本稿は、『いまを愛して生きてゆく ダウン症の書家、心を照らす魂の筆跡』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
『いまを愛して生きてゆく ダウン症の書家、心を照らす魂の筆跡』(書:金澤翔子 文:金澤泰子/PHP研究所)
ダウン症の書家・金澤翔子さんの「魂の書」とともに、翔子さんとの日々を母の泰子さんが言葉に綴った一冊。
渾身の書と、それを見守る母の思いは、闇の中にいても光が見えてきて心を照らすような内容。