つらい暮らしのなかで私の心の拠り所は料理でした。限られた食材や環境でいかに節約して、家族の食欲を満たすか。野菜は皮や根元も余すところなく使い、調味料も手作り。

幸い、まんのう町はさまざまな作物に恵まれていて、野菜を育てたり、川でフナやモロコを獲って煮たり焼いたり。今でも実った金柑をジャムにしたり、栗を拾って渋皮煮を作ったりと、自然の恵みに助けられています。

燃料も工夫して節約しました。昔は煮炊きするのはかまどでした。薪をくべて米を炊いて、蒸気を見て、頃あいになったら火のある薪を消して取り除いてしまうんです。残ったのある薪で蒸らしたら、米粒が立っておいしくなります。

火を消した薪は七輪に入れて魚を焼いたり、こたつを温めたりするのに使ったり。この余熱を利用する調理法から、そうめんのおいしいゆで方も誕生しました。苦心したことが実を結んだのです。

60歳を過ぎた頃、手打ちそばの店を始めることになりました。私が介護施設に勤めていたお話はしたと思います。利用者さんのお宅に伺ってヘルパーをする訪問介護を担当していましたが、あるお宅でおそばが食べたいというので、何食分か作って冷凍庫に保存しておきました。

香川県は讃岐うどんが有名ですが、このあたりの地域ではそばを栽培する家が多く、私も家でそばを育てていたことがあります。介護施設を辞めた後、私のそばが評判になっていると聞きました。

食べたいと訪ねてくる人にご馳走していると、「そば屋さんを開いたらどうか」という話が自然に持ち上がったのです。「資金がないし……」と言うと、知人が建築現場で不要になった建材を工面してきて、近所の大工さんが店を建ててくれました。テーブルや椅子がどこからともなく運び込まれ、いつの間にかそば店ができたのです。

不思議な話と思われるかもしれませんが、本当のことです。この店は地域のみなさんが作ってくださったもの。大事にしないといけないと感じています。