「私の元気の源は、《楽しく考える》こと。つらい時期、もう苦しむのはやめよう、いいほうに物事を考えようと気持ちを切り替えた経験から生まれた、幸せになるための秘訣です」

借金に苦しむなか、料理が心の拠り所に

結婚後は2人の男の子に恵まれます。20代から30代の半ばまでは家事、育児をしながら農業に力を入れていました。当時はまだ珍しかった生食用のブラウンマッシュルームの研究に力を注ぎ、「松茸マッシュ」という品種を開発。講演のために全国を飛び回った時期もあります。

その傍ら、ベビーシッター、編み物講師、介護ヘルパーなどの資格を独学で取り、編み物教室を開いたり、結婚式場や介護施設に勤めたりして、寝る間もなく働きました。

30代半ばのときに継父が亡くなり、借金ごと相続したわが家は、働いて少し返したと思ったら、またお金が必要になり借金をすることの繰り返し。最終的に全額を返済して70アールの田畑をわが家の名義に戻したとき、私は60歳になっていました。

その後まもなく、夫が72歳で亡くなります。私の意に染まない結婚だとわかっていたのか、私のすることには一切異を唱えず、何でもやりたいようにさせてくれました。そのことは心から感謝しています。

その3年後には、母も見送ることに。亡くなる前に一言、「恵美子、すまなんだのう」と言ったのです。その言葉で、母に関するすべての苦労が報われた気がします。