「一緒にライザップ、行かへん?」

瑤子さんも見かねたんでしょうね。ある日、「一緒にライザップ、行かへん?」と。ぼく、ライザップはテレビコマーシャルでちょっとだけ知ってました。トレーナーがマンツーマンで運動のやり方を教えてくれるやつでっしゃろ?

年をとったとはいえ、喜劇役者の端くれです。これまで一度たりとも、誰かに手取り足取り教えてもらったことなんてありません。尊敬する先輩方の芸を見て、盗んで、自分のものにする。それが喜劇人の流儀です。

『93歳、崑ちゃんのハツラツ幸齢期』(著:大村崑/中央公論新社)

いっぺん見せてもらえば、コツを瞬時につかんで、パッと真似して、より面白く仕上げて舞台で披露する。覚えのよさと勘のよさは、誰にも負けません。それがぼくの矜持であり、自負なんです。

それをなんですと? 86歳にもなって、見ず知らずのトレーナーに一から十まで運動の仕方を教えてもらう? そんなアホなことができますか。たとえ、岡村睦治(本名です)が許しても、喜劇役者・大村崑が許しまへんで。

「嫌です。行きません」

きっぱり言ってやりましたよ。瑤子さんは、ぼくを置いて信号をさっさと渡るような人ですから、「そう? だったら私だけ行きます」とあっさり言うと思ってました。ところが、「楽しいと思うよ。体も引き締まるし」。あれ? 珍しく食い下がるじゃありませんか。しかも、ジーッとぼくの目を見つめてます。

「え? そう?」「そうよ」「そうかな?」「そうです」

司令官がそこまで言うなら、行くだけ行こか。そして向こうで断固、入会を拒否すればええんや。