子育てが本当に終わってしまったことを悟った

我が家の息子でも、14〜15歳の頃はやっぱり、少し扱いにくかった。そんな彼の前で、2人で布団の中で身体を寄せ合って、絵本を読んであげた日々が蘇ってくる。私は胸がきゅんとして、つい、「ねねね、久しぶりに、絵本、読んであげようか?」と申し出てしまった。

「いや、いい」と、無表情になる息子。そりゃ、そうだよね、これが思春期というものである。息子に恨みはない。

ただ、このとき、私は、ふいに、子育てが本当に終わってしまったことを悟ったのだった。我が家にはもう絵本を読んであげる子がいない……! 本当はもう8年くらい前からそうだったのに、この日、その事実は、あらためて私を打ちのめした。涙が溢れる。

「そんなに読みたいんなら、読む?」と、息子がびびって、気を遣ってくれる。私は、手放しで、おんおん泣いてしまった。子育ての終わりの、鮮烈な実感だった。まだ何もしていないのに、子育てが終わってしまった。もっともっと、一緒にいればよかった。もっともっと、絵本を読めばよかった。もっともっと……。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

私の大好きな映画「おおかみこどもの雨と雪」の中で、おおかみこどものお母さんが、オオカミとして生きることを決めて家を出た息子を追って山に入り、「かあさん、まだ、何もしてあげていない」と絞り出すように言うシーンがある。私は、このシーンを見るたびに、この日の実感を思い出して、胸が苦しくなる。

母親ならば、きっと、誰もがいつか思うことなのだろう。母親のほうは、毎日毎日、とにかく食べさせ、無事に過ごすことに精一杯である。生活に追われているうちに、子育ての終わりは、ある日、ふいにやってくる。

母親から見れば、まだいたいけな少年なのに、社会の荒波の中に、子は出ていくのだ。