ふらりと入れる飲み屋(写真はイメージ/写真提供:Photo AC)
「夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしの生活」を送る、元朝日新聞記者でアフロヘアがトレードマークの稲垣えみ子さん。40代に入った当時、一人出かけた街でふらりと店に入り、酒と肴を味わってリラックス、そんな【一人飲み】に憧れた稲垣さんは、勇気を出して酒場に突撃。失敗しながらも、そこでは素敵な出会いがあったそうで――ソロ飲み冒険を描いた痛快エッセイ『一人飲みで生きていく』より一部を抜粋して紹介します。記者時代に「地酒(日本酒)」をテーマにした連載記事を任された稲垣さんは、「一人飲み」と向き合うことになり――。

丸腰に耐えられない

いよいよ「一人飲み」決行の時が来たのだ。

いやー……。憂鬱。

だってですよ。そもそもそれができるんだったらとっくにやってます!ずっと憧れてたんだから。どうしてもやりたいと思い続けてきたんだから。

でもどうしてもできなかった。いざとなると勇気を振り絞っても全然足りず、店の前を何度か往復してはすごすご引き返し続けてはや数年。

だがもう逃げられぬ。これをピンチと言わずして何と言おう。

で、ふと考えた。

そもそも一体なぜ、私はこんなに一人飲みが怖いのか?

一人で店に入り、飲み食いする。それだけのことだ。命をかけた戦いを挑みに行くわけじゃない。

仮に場の空気を多少乱したとしても、一応は客なんだから、よほどのことがなければ追い出されたり叱られたりするわけでもなかろう。っていうかそもそも自意識過剰だ。誰も私のことなんて気にしちゃいないに違いないのである。

それでも怖いと思ってしまうのは、要するに私はこの歳になるまで「このような経験」をしたことがないからだ。