
Yさんは風呂嫌い
私が働く介護老人保健施設に、新しい入居者・Yさんがやって来た。75歳でひとり暮らしをしていたが、仕事を辞めたら生活が乱れ、食事もろくに摂らなくなってしまい、心配した娘さんが入居の手続きを取ったのだった。
軽い認知症は認められるが、普通に歩けて、トイレも自分で行くことができる。それどころか背筋はぴんと伸び、セミロングの白髪、耳にはダイヤのピアス、着ているのは某ブランドの服。実はこの方、以前はこのブランドのデザイナーをしていたのだそうだ。
しかし、入居してしばらくして、問題が発生した。Yさんの入浴拒否である。お風呂に入らぬまま1週間経ち、2週間経ち……だんだん臭いが気になってきた。
3週間経ったころ、お医者さんが「肌の調子を見たい」と言うので、服を脱いでもらった。そして「シャワーを浴びたほうがいいね」とひとこと。続けて「かゆくはないですか?」と聞かれるが「全然!」とYさんは答える。やはりシャワーは嫌がるので、その日は清拭のみで済ませた。
入浴拒否が始まって、ついに1ヵ月が過ぎた。Yさんからは異臭が漂う。ほかの入居者のことも考え、食堂の机もひとりだけ遠くに離しているような状況。もはや何としてでも風呂に入ってもらいたい。娘さんに聞くと、ご自宅には広いバスルームがあったそうなので、銭湯のように広いお風呂がある別施設に連れて行ってみた。しかし、結果は撃沈。
頭を抱えていると、ある職員が「そういえばYさんって、おしゃれな人なのに鏡を見ないわね」と。確かに。「昔はメイクもしていたし髪も染めていた」と娘さんに聞いた私はひらめいた。
「今日はカラーリングをしますよ」と美容師のマネをして浴室にご案内。薬剤がつくといけないので服を脱いでもらい、カラーリング剤を髪に塗り、洗い流した。「染まるまでのあいだに」と身体を洗い、風呂にも浸かっていただく。
白髪はきれいな栗色に染まり、軽く口紅も引いた。鏡を見たYさんは満面の笑み。
大成功! Yさんは嬉しそうに風呂場から出てきたのであった。