「自分の会社員人生を否定するようで……」
「なぜ、スムーズに転職先が見つからなかったのだと思いますか?」浜中さんの心情に配慮し、控えてきた質問だったが、落ち着きを取り戻して振り返る様子を見て、今なら大丈夫ではないか、と判断した。
「…………」束の間、沈黙が訪れる。ただ、ネガティブなそれではなく、自身の気持ちをうまく言語化するためのものだったように思う。
「そうですね。大学を卒業してから定年までひとつの会社に勤めてきて、社内でしか通用しない『根回し』など職場の文化が染みついてしまっていた。当然ながら、上位の管理職経験だけではものにならないし……平社員に戻った定年直前の転職活動スタートではアピールする点がなかったと思いますね。もっと早く気づいて、準備しておくべきだったんでしょうが……。それと、そのー……転職先でのポジション、賃金など待遇に関する条件を下げられなかったことも、転職に失敗した要因でしょうね」
「どうして、条件を下げられなかったのでしょうか?」酷な問いだったが、聞いておかねばならない。
「頑固なこだわり、プライドとも言えるかもしれませんが……条件を下げると、定年まで懸命に働いてきた自分の会社員人生を否定するようで……。でもまた働きたければ、そうせざるを得ないということは少しずつ理解できるようになってきたのですが……」
24年に63歳の誕生日を迎えるのを前に、今改めて働く意味について考えているという。
「今のところ、預貯金を取り崩して何とか生活はできていますが、これからはどうすればいいのか。遅ればせながら、人生設計も含めて練り直し……そのうえで、少しでも働くことができれば……そりゃ、図書館で時間をつぶすよりはいいですけどね……さあ、どうでしょうかね……」
そう言い終えると、笑みを浮かべた。浜中さんの笑顔を見たのは、最初の取材以来、十数年ぶりだった。
※本稿は、『等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(光文社)の一部を再編集したものです。
『等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(著:奥田祥子/光文社)
日本では急速な少子高齢化の進行を背景に60歳を過ぎても働き続けることが可能な環境整備が進んでいる。
働く側も経済的理由だけでなく生きがいや健康維持などさまざまな理由で定年後の就業継続を望むケースが増えている。
本書では、再雇用、転職、フリーランス(個人事業主)、NPO法人などでの社会貢献活動、そして管理職経験者のロールモデルに乏しい女性の定年後に焦点をあて、あるがままの〈等身大〉の定年後を浮き彫りにする。