イギリスも結局は、「アメ」と「ムチ」
では、そのイギリス流の実像とはどのような姿なのか。
MI6の元職員リチャード・トムリンソンが明かしたところでは、MI6はターゲットの資金状況やプライド、政治的スタンスなどを事前に丹念に調査し、小さな要求や提案を積み重ね、相手を少しずつ協力へ導く典型的な段階的アプローチをとっているという。
国際安全保障・諜報史を専門とする学者のリチャード・J・オルドリッチは、その著書『The Hidden Hand: Britain, America and Cold War Secret Intelligence』の中で、イギリスは、海外の要人や軍人、企業関係者を相当な長期間をかけて段階的に取り込み、関係を保持しながら情報を取得する「古典的な手法」をとっていたことを示唆している。
実のところ、イギリスも、ターゲットの経済的・政治的欲求を見極め、恩恵や協力をちらつかせるリクルートを行う。時には反共感情や反対陣営への不満を利用して味方に引き込む。必要に応じて秘密やスキャンダルを握り、圧力手段に転用する。いわゆる定石的な、アメとムチによるコントロール戦術をとっているのだ。
結局、イギリスもソ連・ロシアやアメリカなどと同様、「人間の弱みや欲求をどう突くか」という本質的な部分に行き着くのだと言えよう。ジェントルマン風の装いは一種の演出に過ぎない。最終的に浮かび上がってくるのは、「世界のどの情報機関も共通して持つ普遍的な手法」に他ならないのである(1)。
(1)
Andrew, Christopher 『The Defence of the Realm: The Authorized History of MI5』(Allen Lane,2009)
Tomlinson, Richard『The Big Breach: From Top Secret to Maximum Security』(Cutting Edge Press, 2001)
ピーター・ライト『スパイキャッチャー』(朝日新聞出版、1996)
Aldrich, Richard J.『The Hidden Hand: Britain, America and Cold War Secret Intelligence』(Overlook books, 2002)
※本稿は、『謀略の技術-スパイが実践する籠絡(ヒュミント)の手法』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『謀略の技術-スパイが実践する籠絡(ヒュミント)の手法』(著:稲村悠/中央公論新社)
ソ連KGB、米陸軍や陸軍中野学校の資料やリーク情報などを読み解き、世界に共通するヒュミントの手口を明らかにする。
組織を守るにも、重要な情報を獲得するにもヒュミントを知らなければ始まらない。
組織人必読の一冊だ。