私は一時期、なんということのない峠に心惹かれていました。『市毛良枝の里に発見伝』という著書にも書きましたが、たとえば千葉に花嫁街道と呼ばれた道があって、昔は隣村から馬に乗ってきたお嫁さんが、峠で実家からの馬を降り、嫁ぎ先から来た馬に乗り換えていた。

峠を歩きながら「昔の女の人は、それを機にもう実家には帰れない人生だったんだ」と、しみじみ考えたりしました。大袈裟に言うと、民俗学的里山歩き。妄想山歩きと言ってもいいかもしれません。

そういえば以前、女性登山家の草分け的存在だった坂倉登喜子さんから「せっかく山に行くなら、なにか目標を持ちなさい。山によって目標が違ってもいいのよ」とアドバイスを受け、なるほどなぁと思いました。

山野草発見を目標にしてもいいし、鳥の声を聴き分けるのも楽しそう。苔が好きで、ルーペで覗いている人もいます。苔をじっと見ていると、ミニチュアの箱庭みたい。杉林のように見える苔があったり、そこにちっちゃな虫がいたりして、自然の姿が凝縮されているんです。

ちなみに私はある時期、山仲間たちと「材料を持って行って、山でうどんすきを食べる」を目標としたことがあります(笑)。ものすごく楽しい思い出です。

日本の山は、降りてくるとたいてい麓に温泉があるのもいいですね。海外の山に登るようになり、温泉のありがたみを実感しました。

女性で世界初のエベレスト登頂を達成した登山家の田部井淳子さんも、晩年「昔は山といえばテントで寝ていたけど、最近は降りて温泉付きの旅館に泊まるのが幸せ」と言っていたくらいです。

田部井さんには、私が母の介護で大変な時期、気分転換になるだろうと山に誘っていただき、本当に感謝しています。

後編につづく

【関連記事】
<後編はこちら>市毛良枝「登山をキッカケに環境破壊や気候変動に敏感に。以前は麓に水田があり、水面に山が映って本当にきれいだったが、今は…」
市毛良枝「2度の脳梗塞で車椅子生活になった母の目を見張る回復力。100歳で逝った母は〈楽しいことを諦めない大切さ〉を教えてくれた」
市毛良枝「90歳を過ぎた車椅子の母とオレゴン旅行へ。声も発しなくなっていた母の表情は、オレゴンで生き生きと別人のように変わっていった」