兄・淳之介さんと楽し気に語らう(『婦人公論』2020年7月14日号より)

それで和子さんの実質的な初舞台とも言える『アンネの日記』を、私はどういう因縁か、観ているのだった。

昭和31年のこと、アンネ役を全国から公募して、三井美奈という美少女が選ばれたことが新聞に大きく報じられ、話題になった。次点がやはり美少女の冨士眞奈美さんだったことをずっとあとから知って私はびっくりすることになるのだが。

それで話題の三井美奈さんを観ようと出掛けたら、「今日のアンネ役は吉行和子」と貼り紙があって、ちょっとがっかりしたが、あとで思えばそれでよかった。

ずっとあとになって和子さんから聞いた話では、あれは三井さんが風邪を引いて出られなくなり、和子さんは劇団内部の者として稽古場にずっと控えていて台詞や動きがわかっていたので、突然交互出演という形になった。

でも客席や劇団の先輩たちの反応が和子さんに冷たくて、東京の千秋楽のカーテンコールに爆発する。その日は三井さん出演だったのに、一緒に並びなさいと言われて、絶対出ない、と強情を張り、しまいにウワーッと泣き出して、その声が客席にまで聞こえたそうだ。

でもこうしてだんだんと和子さんは鍛えられ、女優になっていったのだろう。