電話一本で遺体引き取りを拒否する時代

あとは遺体の引き渡しです。死者の実弟が見つかったものの、遺体の引き取りをお願いするとあっさり拒否されました。

実弟自身も高齢で金銭的に苦しく疎遠だからとのことですが、このような親族の引き取り拒否は実は珍しくありません。兄弟どころか、実の親や子でさえも、電話一本で遺体引き取りを拒否する時代です。

『検視官の現場-遺体が語る多死社会・日本のリアル』(著:山形真紀/中央公論新社)

よく挙げられる理由としては、お金がない、地理的に遠い、自分の体に不調がある、もともと仲が悪かった、これまで散々迷惑をかけられたなどがあります。警察としては無理強いすることもできず、他の親族を探し出して引き取りの意思を確認することになります。他に親族がいなかったり親族全員から引き取りを拒否されたりしたら、市区町村に引き渡すしかありません。

死者の立場になってみると、やっと遺体を見つけてもらったと思ったら、親族探しの間、今度は長い冷蔵庫生活が始まります。火葬までの道のりは遠いのです。市区町村への引き渡しとなれば、当然家の墓には入れません。

日本で生まれ育ち、ごく一般的な生活を送り、日本社会の進歩を支えてきた、そんな普通の日本人が死んで行き着く先が無縁仏なのです。そのような人々を大勢見送るのも検視官の仕事だと知りました。腐敗遺体、とくに親族と疎遠らしい遺体と目を合わすたび、心の中で「長い人生、最後まで色々ありますよね、本当にお疲れさま」と声をかけるようにしていました。