「だめ!」なんて声……、聞こえたっけ?

奇妙な話である。

この出来事は校内でも衝撃的な事件として尾を引いており、他クラスの生徒が野次馬のごとく好奇心に駆られたのも無理はない。ある日、「事件の時は、いったいどういう様子だったの?」と、江口さんを含む現場にいた何人かの生徒に訊きにくる子がいた。

江口さんが一連の出来事を話し終えた時、同じ現場にいた別の友人が首を傾げた。

「あの時、『だめ!』なんて声……、聞こえたっけ?」

江口さんは、はっきりと憶えている。美咲さんに異変が起きる直前に、一度だけ正体不明の大声が教室中に轟いたのは間違いない。

確認したところ、そこまでは全員の意見が一致している。

ただ、その友人は首を傾げながら、

「僕が聞いたのは違う言葉だったよ」

と言った。

「そんな訳ないよ。絶対に『だめ!』って誰かが叫んでた」

江口さんは現場にいた一人一人に、あの時の大声は何と言っていたかを尋ねた。

『痛い!』と聞こえた人。

『怖い!』と聞こえた人。

『来ないで!』と聞こえた人。

『やめて!』と聞こえた人。

それぞれがまったく異なる言葉だったと証言した。

※本稿は、『触れてはいけない障りの話』(竹書房)の一部を再編集したものです。

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