派遣のベテラン

Dさんは都内にある、家賃3万円のアパートに暮らしている。平日は朝6時に出て、今の派遣先の工場がある湾岸エリアまで電車で移動する。派遣会社は交通費を全額支給してくれない。JRのほうが早いが、私鉄のほうが節約できる。

朝7時開店の駅そばで、まずは朝食を取る。お気に入りは、春菊の天ぷらそば。食べ終わるとコンビニのイートインスペースの片隅に座って、140円のコーヒーでまったりとした時間を過ごす。服装は作業用ズボン、上着はいつものスタジャン、USAのキャップ帽。

『ルポ 過労シニア 「高齢労働者」はなぜ激増したのか』(著:若月澪子/朝日新聞出版)

出勤は8時半。派遣先のある湾岸エリアには、東京湾を囲むように多数の倉庫が立ち並んでいる。最寄り駅から、倉庫作業に向かう人の群れが続々と倉庫へ吸い込まれていく。Dさんが現在派遣されているのはレンタルされたパソコンやWi-Fiのルーターなどの修理及びクリーニングを行うメンテナンス工場だ。派遣の中年女性たちと、作業服を着た社員が、ロッカールームで安全靴に履き替える。

「今日はこちらの作業をお願いします。数をたくさんこなすよりも、丁寧にキレイに、やり直しがないように」

Dさんが「カチョー」と呼ぶ、作業着姿の40代くらいの社員が、今日の業務を説明する。説明と言っても、やることはだいたい同じだ。工場内は天井が高く、機械とダンボールがところ狭しと並び、鈍い機械音が響いている。働く人は驚くほど少なく、数名のエンジニアがパソコンに向かってもくもくと作業している。

「時給は1230円。週払いだと、いろいろ引かれるから手取りは3万5000円くらいかな」

Dさんと同じ作業をする派遣社員はだいたい2〜3名で、女性が多い。

「この仕事のいいところは、派遣の女性たちと仲良くできること。女の人と話せるのがラッキー」

働く目的が「女の人と話せる」というシニア男性は実は多い。Dさんも昼休みに休憩室で派遣の30〜60代の女性たちに囲まれ、コンビニ弁当を食べるのが楽しみだ。

しかし、メンバーが1か月同じならば長いほう。たいてい「派遣さん」は1週間、早ければ1日で、次々と入れ替わる。もう1年くらい勤めているDさんは、この職場では派遣のベテランになってしまった。