変わらない世界
Dさんは同じ東京に住んでいても、別の世界の住人だった。Dさんの生活レベルは彼が中学を卒業した50年前と、ほとんど変わっていない。一応断っておくと、Dさんの仕事ぶりはマジメそのものだし、会話がちぐはぐになることもなかった。社員や派遣さんとも仲良くやっている。
風邪一つひかず、競艇を楽しみ、キツイ肉体労働も「大したことがない」と言い、昼休みには派遣の女性に囲まれ、欠けた前歯でむしゃむしゃと弁当を食べているDさんは、それはそれで幸せな人かもしれない。
しかし、Dさんはどこからどう見ても貧困状態にある。50年も働き続けてきた人が、50年前と同じ生活をしている。それなのに、Dさんは自分の貧困に無自覚だ。
一体、Dさんを変わらない世界に閉じ込めたのは誰なのだろう。
※本稿は、『ルポ 過労シニア 「高齢労働者」はなぜ激増したのか』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
『ルポ 過労シニア 「高齢労働者」はなぜ激増したのか』(著:若月澪子/朝日新聞出版)
『副業おじさん』で話題を呼んだ労働ジャーナリストが、21人の高齢労働者に密着取材。
やりがいと搾取の狭間で揺れる姿を通して、現代日本が抱える「見えにくい貧困」と「孤立の構造」に鋭く切り込む。
「働く高齢者」の実像に迫る、渾身のノンフィクション!




