私は痛みに弱い。ものすごく弱い。その私が手術なんて。憂鬱になるのは当然だろう。しかしこのときはまだ、事態を甘く見ていた。
「手術時間は4時間くらいかな。入院期間は1週間から10日ってとこですね」
ええっ? と声を上げそうになる。考えていたより、はるかに大がかりな手術だ。さらに続く医師の言葉に絶句した。「そりゃあ大変ですよ。顎の骨を切るんですから」。
私の顔面は、このとき蒼白になっていたと思う。だが彼は、怯える私にさらに恐ろしいことを言い放ったのだ。「手術の前に歯列矯正が必要ですね。あ、安心してください。保険が適用されるので、矯正も手術も込みで、30万円くらいで済みますから」。
30万円――。就職氷河期世代の非正規労働者には、大変な金額と言っていい。少しの沈黙のあと、私は言った。
「……あのぅ。この手術、やらなかったらどうなるんでしょうか?」「60歳前後で、総入れ歯になるでしょうね」
医師いわく、このままだと、使われている歯も使われていない歯も劣化が進むらしい。60歳で総入れ歯。それはそれでキツすぎる。
結局、この日は手術を受けるか否かの返事を保留にしてしまったが、この日以降、頭から手術のことが離れなくなった。手術は怖い。お金を出すのも嫌だ。けれど60歳で総入れ歯になったら、人生に大きな支障をきたすのではないか。
口内環境の劣化は、認知機能にも影響するといわれている。未婚・子なしの私としては、自分のことは自分でできる状態を可能なかぎり長く保ちたい。ならばこの手術、絶対に受けるべきではないか。