一方で、歌は学生時代から好きで続けてきたことでもあり、演じることと同じくらい打ち込んできました。『われら青春!』の挿入歌「ふれあい」はありがたいことにヒット。その後も曲に恵まれ、毎年コンサートを行い、コロナ禍で1年中断したものの、いまに至るまで続けています。
この年齢までずっと歌い続けてきて、あらためて歌ってすばらしいと実感。コンサートで「ふれあい」を歌えば、会場のお客さんたちと一気に歳月を遡ることができるんです。
さらに国境も越えて、今年の5月に香港で42年ぶりのコンサートを行いましたが、俺、すごい人気者でびっくりしました(笑)。空港で香港のファンの方が待ち構えていて、「カモーン」「カモーン」って。
向こうでもドラマ『俺たちの旅』がオンエアされていて、香港のアーティストがカバーした主題歌が、ランキングのトップになっているほど。とてもうれしかったです。
大切にしている曲はたくさんあります。たとえば19歳のとき、故郷の宮城県・女川を思って作った「私の町」。トンネルを抜けると港が見える女川の情景を描いた望郷の歌ですが、歌詞がまるで東日本大震災の後に作ったみたいと言われることも。
歌を聴いてくださる一人ひとりの心の中で、歌詞が別の意味を持ち、大切にしていただいている。古い歌ですが、セットリストに入れることが多いですね。
ステージで披露したい曲は、時代の空気感や自分の変化にあわせて変わっていきます。最近よく歌うのは、「君がいてくれたから」。周囲の人への感謝の歌ですが、この年になってまた好きになってきました。
ファンのみなさんをはじめ、仕事でかかわってくれた人、そしてプライベートでは妻(女優の五十嵐淳子さん)など、中村雅俊を作ってくれたすべての人への「ありがとう」を、いま伝えたいのかもしれません。