チーズと一緒に私の心もとろけて

だけど、本当に旅番組に出てきそうな、人のいいおじさん風で、お兄さんでなくおじさんだったので、安心して家まで行ってしまったのです。約束の時間にこの辺に来いと言われたあたりに行ってみると、おじさんが赤いオンボロ車でやってきて、「いやー、来ないかと思ったよー」とニコニコして言いました。

案内された家には、密かに期待していた奥さんの姿はなく、その代わり、想像もしていなかった絶景の広がるテラスがありました。それを見ただけでも大満足でしたが、うにスパゲッティのためにお昼を抜いた私は空腹度120%。景色で満たされるわけもなく、テラスの席についたのです。

そこにおじさんがキッチンから運んできたのは、白地にコバルトブルーやレモンイエローで模様が描かれたマヨルカ焼きの大皿に、ざざざっと盛られたポテトチップス、オリーブ、チーズたち。その、ざざざっなのに美しい盛り具合に感心していると、次に冷えたスプマンテがポーンと開けられて乾杯。まいりました。完璧な演出です。古い表現ですが、「つかみはオッケー」でした。

とはいえ、私の心はうにスパゲッティを待っていました。おじさんはしょっちゅうキッチンへ行くので、早々にできあがってくるのかと思いきや、1時間経ち、2時間経ち、3時間経っても出てこない。初対面の人を相手によくもこんなに間が持ったなと思うけど、一瞬たりとも苦痛を感じなかったのは、うにスパゲッティを待っていたからなのか、スプマンテで酔っ払っていたからなのか、あるいはよっぽどおじさんの演出が功を奏していたからなのでしょうか。

遅いお昼を食べに来たつもりが、日はすっかり落ちて暗くなった夕飯時、ついにできあがって運ばれてきたのは、青地に丸くてかわいい赤い魚が描かれた大どんぶりに盛られた、グリーンピースとトマトソースのスパゲッティでありました。

プレイボーイをするのもそう簡単なことじゃないと、後々夫が何度となく言っていました。常に臨戦態勢でいなければならないのだそうです。普段はマンマの家で暮らしているのだけど、先祖代々受け継いだ家があったので、その家の冷蔵庫にスプマンテ数本とチーズやサラミ、さらにトマトの水煮缶、グリーンピース缶やパスタなんかを常備し、女の子が来れば飲食を提供しつつ雰囲気を盛り上げるわけです。