冷えたスプマンテがポーンと開けられて乾杯。まいりました。完璧な演出です

うにで釣られたはずの私は、結果、常備品で作った料理でもてなす作戦にまんまと引っかかったのですが、そのなんでもないようなトマトソースとグリーンピースのスパゲッティが、これまたおいしかったのです。トマトの水煮缶を鍋にあけて、にんにく、玉ねぎ、オリーブオイルを入れたら、水と塩と唐辛子を入れ、さらにグリーンピースを加えて煮込みます。それを茹でたスパゲッティと和えるだけというシンプルなレシピです。

でも彼は、スパゲッティを作るよ、という雰囲気を出すためか、何度も席を立っては煮詰まった鍋に水を足し、また煮詰まったら水を足しを繰り返しました。何時間も煮詰めたソースでしたから、お金では買えない、感動するほどおいしいソースができあがったのでした。

さらに、取り分けて食べる直前、おじさんがチーズを削りおろしてくれるのです。お皿の上で削られるチーズのおいしさは最強。チーズを削るおじさんまでが素敵に見えてしまうという相乗効果を発揮する無敵の演出。熱々のスパゲッティの上で溶けていくチーズと一緒に心もとろけました。

私はシチリアをぐるっと回る計画を立てていたのですが、そんなわけでスタート地点から動けなくなってしまいました。

連日、おじさんのボロ車で近場をドライブしながら買い出しに出かけました。おじさんの料理は、キャビアやフォアグラみたいな高級なものは使いません。たとえば、魚屋で買ってきたエビをフライパンで素焼きにしたのだったり、イタリアでは庶民の味のムール貝を蒸し焼きしたのだったり、スーパーの切り売りコーナーで切ってもらったハムだったり、トマトをざくざく切って作ったソースに、ドライフラワーのようにぶら下がってるオレガノをわさわさ振りかけたパスタだったり。そんなものを食べさせられて五臓六腑をわしづかみにされてしまったのです。

おいしさの魔法にかかった私は、日本に帰国後もおじさんと手紙や電話で連絡を取り合い、その後3回はシチリア訪問を重ねました。そして、1年半の遠距離恋愛期間を経て、結婚したのです。

イタリアは、子どもが何歳になろうと優しいマンマがお世話してくれるお国柄。結婚する必要性を感じずに生きている男性がゴロゴロいて、このおじさんも、ナンパはするけど結婚願望ゼロのまま年をとった生粋のプレイボーイでした。

だから当初は、私に無理やり結婚させられたくらいに思っていたようです。私としては、「このおじさんこのまま一人でいたらかわいそうだ」と結婚してあげたくらいに思っていたので、失礼極まりない話です。