(イラスト:遠藤舞)
ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。今回は「今年のテーマ」。年末に衣替えを完了したスーさん。あることに気付いてしまい、収納した冬服をすべてベッドの上に広げ――。

服が足りないと感じるのは

昨年末のこと。気温の変化に応じて少しずつ進めていた衣替えを完了し、あまりの服の多さと足りなさに愕然とした。

服は、あるにはある。それでも足りないと感じるのは、喜んで着たい服がそれほどないからだ。では捨てればよい? いやいや、どれも簡単に廃棄できるほどには傷んでおらず、かと言って寄付に出すには量が足りなかった。

着たくもない服を着るのは嫌だ。しかし、気に入った同じ服ばかり着るのも釈然としない。このまま漠然と買い足しても、同じことが繰り返されるだけだろう。私は腹を決め、一度はクローゼットに収納した冬服をすべてベッドの上に広げ、セーター、シャツ、ブルゾン、カーディガン、コート、パンツ、スカートなど種類ごとに分けてみた。

次に、インスタグラムのお気に入りファッション番長たちのスタイリングを舐めまわすように観察する。さらに、手持ちの服の山と、画面上のおしゃれなスタイリングを見比べてみた。

すると、思いもよらぬ発見があった。私には、手持ちの服をいま風に組み合わせるための「つなぎ服」の持ち合わせがない。セーターの下に着て、裾や袖からチラ見せさせる薄手のインナーのような衣類。あ、「つなぎ服」は私の造語であり、恐らく巷ではレイヤードのためのインナーとかなんとか呼ばれているものだ。裾の長いシャツを下から出したりするアレ。これらの不足が「あるのに足りない」の元凶と踏んだ。