モラルの健全なバランス
モラルは社会を支える柱ですが、柱が太すぎても細すぎても、社会は歪みます。
だからこそ、私たちはモラルの健全なバランスを意識する必要があります。
行き過ぎたモラルは人を追い詰め、行き過ぎた個人主義は社会を壊します。
モラルは「守らせるため」ではなく、「共に守るため」のものです。
モラル≒社会性、という意識を持つことが、安心して暮らせる社会の土台になるのです。
世の中には「声が大きい=正しい」と錯覚してしまう場面があります。
たとえば、SNSで大勢が同じ意見を拡散すると、まるでそれが唯一の正解のように見えることがあります。あるとき、マイノリティがマジョリティになることもあるのです。でも、それは単に「目立っているだけ」かもしれません。
ある会社では、会議中に一番大きな声で主張する人の意見が採用され続けました。
結果、誤った方向に進んでしまい、大きな損失を出したのです。多数派や声の大きさは、必ずしも正義ではありません。
逆に、「少数派だから偉い」というわけでもありません。
極端なことを言うなら、犯罪者もマイノリティですが、それを「少数派の意見」として受け入れてしまっては、社会の安全は保てません。
大事なのは、その意見が社会や人の安全・安心にどうつながるのかという中身なのです。
モラルの背景を知ると、それを守る理由がわかります。
モラルやルールは、何となく作られたわけではありません。その背景や理由を知れば、「なぜ守るべきか」が腑に落ちるのです。