【ねえ、古希の贈り物についてだけどさ、費用を私たちで持って、お義母さんたちを旅行に誘わない?】
【予算的に国内になっちゃうけど、お義母さんの行きたい場所を聞いて、みんなで出かけようよ】
【息子一家が元気でやってるって安心したら、お義母さんはきっとまたニコニコしながら、ご当地の美味しいものを食べてくれると思うんだ】
祐司からの返事は、ほんの数分で届いた。
【おおー、舞子さん豪気ね】
【でも、たしかにいいかも。思い出作りになるし】
【どこか行きたいところある? って、さっそく連絡してみるよ】
ありがとう、とハートを飛ばすうさぎのスタンプを送信し、舞子はスマホをしまった。一度伴侶に判断を任せたことは、たとえ出費が想定より多くなったとしても「豪気」のひと言で肯定する。そんな夫の方が、舞子は自分よりよっぽど豪気に思える。
祐司は伴侶に対する信頼と尊重を当たり前のように持っている。それは義理の両親が当たり前のように息子たちを信頼し、尊重したからだ。無間(むげん)地獄のような昆虫集めと小枝拾いに、根気よく付き合ったに違いない。子供がトラブルに遭遇したと連絡を受けるたび、冷や汗をかきつつ駆けつけたに違いない。誰にも目撃されなかったその眩しくてたくましい営みに、少しずつお礼をしていけたらいい。
「走り回っていい感じにみんな疲れてきたねー」
「ねえ、ちょっと北海道物産展に寄ろうよ」
屋上庭園で子供を遊ばせていたママたち、そして遊び疲れて肩で息をする子供たちとすれ違う。
舞子は腕時計を確認した。夕飯は炊飯済みの白米が冷凍庫にたくさん入っているのでそれを解凍し、メインの惣菜だけ地下の食品街で買い足して、野菜をたくさん入れた味噌汁を作ろう。水泳教室から帰ってきた息子は、また新たな悩みや不満を口にするだろう。それを受けとめ、辛うじて日々を回していく。
エレベーターの呼びボタンを押してふと、子供の頃に聴いた遊園地のチープで明るいメロディが耳に蘇った。安心と幸福が入り交じる天国のメロディ。次に聴けるのは、いつになるだろう。
ふわりと浮き立つような足どりで、舞子は到着したエレベーターのかご室に乗り込んだ。
(完)
