50歳でザ・ぼんち再結成
<1986年にザ・ぼんちは活動を休止。まさとさんは仕事が月に数回、月収10万円を切るどん底の日々を経験した。しかし、1988年から情報番組『2時のワイドショー』に吉本興業のタレント・亀山房代さんと起用されたことをきっかけに、翌年37歳でコンビ「里見まさと・亀山房代」を結成。漫才初心者だった亀山さんと一から稽古を重ね、9年目で上方漫才大賞を受賞するまでに。亀山さんの妊娠をきっかけに活動休止するまで、コンビは12年間続いた。出産後は講演活動などの仕事と家庭を両立していた亀山さんだったが、2009年、42歳で病に倒れこの世を去った。>
妊娠がわかり、活動を続けるか迷っていた亀山に、僕は「待ってるよ」と伝えたんです。でもしばらくして彼女から「漫才が好きで辞めたくないけど、まさとさんを待たせていながら『やっぱり子どもが可愛い』となってしまうかもしれない。そうなったら悪いですから、子どもを取ります」と言われて。僕は「どうぞ、それは自分の一番の幸せを選びなさい」と彼女の決断を祝福しました。
「まさと・亀山」が最後の舞台に立った日でした。会社の偉い人に呼ばれて「亀山さんとのコンビが終わってどうするの? ザ・ぼんち、復活しませんか?」と切り出されたんです。
正直なところ、まさと・亀山で自分のやりたい漫才をやり切って、それなりの評価をいただいて。だからザ・ぼんち復活なんて全然考えていませんでした。ゼロからのコンビと違って、再結成は相当な勇気がいります。一度離婚した夫婦に「もう一度やり直せ」と言うようなもので、すぐに「明日からよろしく」とはいきません。
そもそもザ・ぼんちが活動休止してから、おさむとは全然連絡を取っていませんでした。現場で一緒になることはありましたが、特別仲が良かったわけでも、けんかするほど険悪でもない。でも再結成の話をするためには、おさむの心境を確かめるしかない。一度会おうということになり、初めておさむの家を訪ねました。16年ぶりですよ、ちゃんと喋ったの。会社の偉い人もびっくりしていましたもん。
いざ会ってみると、やっぱりお互い照れがあってなかなか本題に進まない。ああ見えて繊細な人なんでね。すると見かねたおさむの奥さんが助け舟を出してくれました。
「お父さん、ちゃんとまさとさんの話聞いてる? コンビ組むための話で来てはるねんで。今まさとさんが何言うたか、覚えてる? 大事なとこ聞いてへんやん。このままやったらコンビはないで」
当時22歳と19歳だった僕の娘や息子も「お父さんの好きにしたらええ。私らはもう大丈夫やから」と後押ししてくれて、2002年にザ・ぼんちは再び動き出すことになりました。