相手を糾弾しない力
ゆくりなくわれは他人の悲しみに手首をふかく差し入れてゐつ
ゆくりなく、は、思いがけずという意味。思いがけず、人の悲しみに共感しているとも読めますが、ここはテクニックの世界。「つ」は、してしまった、というようなニュアンスも持ちます。つまりここには、思いがけず他人の、その苦しみに手首をふかく差し入れる、つまり人の深い悲しみに介入してしまった、というニュアンスを帯びます。なんと倫理観あふれる歌でしょう。わたくしめでしたら、共感できたことに自己満足を抱いてしまいそうです。
大口作品に通底しているのは、都合の悪い相手であっても決して相手を糾弾せず、相手の立場、また自分の愚かさや軽薄さも振り返る姿勢。これは多様性がより求められる現代において、大切なサバイバル能力ではないでしょうか。
おお、お嬢様の手がLINEに。うむうむ、子供が居てもいいなら、自宅でお茶会しない? ちょっと騒がしいかもしれないけど、よければ……、ですと! なんという歩み寄り。感激でございます! 相手の立場を慮りながら、自分の立場も表明していく、これこそ、既婚・未婚の断絶を防ぐ大切なコミュニケーションでございます。女同士、立場が変わっても共感できるところ、苦しみを拭うお互いの助けになることもあるはず! 違う立場の人を疎ましく思うだけでなく、その立場を想像していく。お嬢様、大口さまからまた一つ学んだようですな。
今回ご紹介した歌人
大口玲子(おおぐち・りょうこ)
1969年東京都生まれ。歌誌「心の花」所属。中国長春市、東京、仙台、福島などで日本語教師をつとめる。98年に「ナショナリズムの夕立」で第44回角川短歌賞受賞。歌集に『海量』『東北』『ひたかみ』『トリサンナイタ』『桜の木にのぼる人』『ザベリオ』『自由』『スルスムコルダ』、歌文集に『セレクション歌人5 大口玲子集』『神のパズル』がある。
