まるで真夏のような午後だ。私は黒の日傘を差した。霧もシルバーの日傘を開いている。石畳の上に濃い影を落としながら、私たちはゆっくりと歩いて行った。
「ここが城之門筋といって、日本の道百選にも選ばれています。寺内町の中心です。江戸時代の商家がそのまま残っているんです。観光用ではなく今でも住んでるんですよ」
白壁に瓦屋根、板塀が続き、電柱も電線もないのでスッキリと美しい。令和という時代をまるで感じさせない。そんな町で、霧は日傘を差す姿がとても自然でよく似合っていた。お洒落というのではない。細長い影はどこか懐かしく、番傘を差す着流しの浪人のようだ。町並みのせいもあって、時代劇のセットを歩いているような気がした。
こんな私たちを見たら父はどう言うだろう。
「山際さん。なにを笑っているんですか?」
霧が傘の下で怪訝な顔をした。私はすこし迷った。正直に答えては失礼になるかもしれない。でも、嘘をついて誤魔化しても見抜かれそうな気がした。
「私の父は男尊女卑の塊のような人間で、男が日傘なんてみっともない。女の腐ったようだ、と平気で言うんですよ。でも、白鳥さんを見たら文句を言えないんじゃないかと」
「たしかに男の日傘に文句を言う人もいますね。でも、この歳になると暑さがこたえます。熱中症で倒れたら周りに迷惑を掛けるだけだから。……それで、どうして文句が言えないんですか?」
「白鳥さんが下駄で日傘を差す様子は、この町並みにとてもよく馴染んでいらっしゃるから」
酔っているわけでもないのに勝手に言葉が溢れた。一体どうしてしまったのだろう。当惑しながらそっと霧をうかがった。今の言葉は受け入れてもらえただろうか。
「嬉しいですね」
霧がそっと眼を細めた。ああ。受け入れてくれた。そう思うと胸が苦しくなった。だが、上手くいったことで、かえって緊張してしまった。会話をどう続けていいか急にわからなくなり、思わずぎゅっと日傘の柄を握りしめた。
城之門筋から西へ折れると格段に大きな家が現れた。一階は板塀で二階には虫籠(むしこ)窓が並んでいる。
「ここが杉山家住宅です。石上露子の生家です。重文に指定されています。中を見学していきますか?」
石上露子の資料はきっと興味深いものだろう。いつもなら絶対に寄っていく。でも、今はただ霧と並んで歩いて行きたかった。
「今日はあまり時間がないので。こうやって町並みを眺めながら歩いているだけで面白いです」
「そうですか。じゃあ、本町公園に歌碑があるんです。ぶらぶら行ってみましょう」
