作り変えの連続。結果的にいい場面に
<『曽根崎心中』は映画のクライマックスで重要な役割を果たしている。糖尿病で左脚を切断した俊介は「最後になるかもしれない」と喜久雄に『曽根崎心中』を一緒に演じることを持ちかける。俊介は、かつて父半二郎の代役で喜久雄がつとめたお初、喜久雄は徳兵衛。「死ぬる覚悟がききたい」と言う俊介の右足も壊疽し始めており、喜久雄は戸惑いながら顔を寄せる。そして、曽根崎の森に向かうため花道から引っ込む。原作では、両脚を失って義足となった俊介の最後の舞台は『隅田川』だ>
李監督が大事な部分として『曽根崎心中』を使いたいと強くおっしゃったのです。片足の膝から下がない男にお初をやらせる? 何考えてんの? どうやって花道を引っ込むんですか? 無理でしょうと最初思いました。でも李監督は、左脚は出せないから右脚でとか、花道は倒れ込んでもいいとか、お初が徳兵衛の手を引こうにもできないなら逆にしようとか……。作り変えの連続でした。結果的にいい場面になりました。
あの場面が面白いのは、お初と徳兵衛でありながら、俊介と喜久雄になっているところです。「死の覚悟」を問う場面だからこそ、「お初と徳兵衛」と「俊介と喜久雄」が重なったのではないでしょうか。