彼女のことを考えていると、全身に心地よい圧迫感を覚えた。まるで鼻緒だ。新しい鼻緒に足指を通したとき、きゅっと締め付けられる感覚だ。新鮮で心地よくて、でも微かな痛みと違和感がある。だが、その先には期待がある。これから自分の足に馴染んでくる、という未来が感じられるのだ。
 そう、彼女には未来を感じられる。こんな俺にもこれからなにかがはじまるのではないか、と思わされたのだ。
 そこで苦笑した。いくら還暦あたりとは言っても女性を下駄の鼻緒に喩えるなどあまりにも失礼ではないか。もっとよい喩えはないだろうか、と考えたが思いつかない。
 そうだ、いっそ彼女も下駄を履けばいい。二人で静かに下駄を鳴らして歩いて――。
「霧さん、ちゃんと薬飲んだ?」
 母屋から剣人の声がした。
「ああ、飲んだ」
 飲み忘れたことなどないのに毎日訊かれる。まるで子供扱いだが、こんな剣人のお節介が嬉しい。こんな単純な感情を向けてもらえるのが嬉しい。
 そこではっとした。
 ああ、そうだ。これは単純な感情だ。俺は彼女が好きになった。それだけのことだ。
 それだけのことがこんなにも怖い。