「霧さん、頑張りや」
まさか、もうバレているのか。だが、ムキになって否定したら余計に怪しまれる。
「ああ、頑張るよ。これから燈路まで忙しいからな」
上手く誤魔化せたのかどうか。ふふっと笑って瀬良は行ってしまった。
その夜、十二時前になってようやく勇気が出た。連絡が遅くなったこと、不在にしたことへの詫びを綴り、今度来る日がわかったら連絡してほしい。必ず居るようにする、とメールを書いた。最後に蔵の代表番号ではなく、個人スマホの番号を記した。それから、迷いに迷って付け加えた。お待ちしています、と。
送る前に何度も何度も読み返した。ふいに怖くなってきた。なにが怖いのかわからない。だが、怖くてたまらない。一体、なにを動揺しているのか。落ち着け、と自分に言い聞かせながら送信した。
すぐに返事が来た。来週の火曜日午後、お伺いしたいのだが、ご都合はいかがでしょうか、とある。すぐさま返信した。お待ちしています、と。
またすぐに短い返信が来た。承知いたしました。お目にかかるのを楽しみにしています。
ただの業務メールだ。なのに、こんなにも興奮している。俺はまた落ち着かなくなってきた。自分が壊れていくような気がする。人を好きになるとは、こんなにも怖ろしいことだったのか。
夢を見てはいけないことくらいわかっている。だが、もう一度だけ、あとすこしだけ。それならいいんじゃないか? あとすこしだけ、すこしだけなんだから――。
出典=WEBオリジナル
遠田潤子
作家
1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒業。2009年『月桃夜』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ2016年度文庫ベスト10』第1位、『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10」第1位に輝く。『冬雷』で第1回未来屋小説大賞、25年『ミナミの春』で山田風太郎賞を受賞。他の著書に『銀花の蔵』『イオカステの揺籃』『天上の火焔』などがある。
