飢饉と飢餓という大きな敵

天明飢饉の供養塔も、弘前城下をはじめ津軽地方にはたくさん建立されており、今も当時の悲惨さを伝えている。

そして、弘前藩の八代藩主津軽信明が、津軽藩内の飢饉の問題追及と改善に努めた記録が残されている。その策が功を奏したのか、寛政2年(1790)に弘前藩領は豊作になり、城下を餓鬼のような姿でうろつく人も見なくなった。

命の火を燃やし尽くすほど、飢饉と飢餓という大きな敵と戦い続けていたからだろうか、そんな矢先に信明は病没。亡くなったのは彼の誕生日で、数えで30歳だったそうだ。

※本稿は、『名城怪談』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。

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