「邦画復活」の声
とはいえ、90年代も後半になると、97年には今村昌平監督の『うなぎ』と北野武監督の『HANA-BI』がそれぞれカンヌ国際映画祭とヴェネチア国際映画祭でコンペティション部門のグランプリにあたるパルム・ドールと金獅子賞をひさびさに受賞し、周防正行監督の『Shall we ダンス?』(1996年)もアメリカで異例のヒットを記録するなど、日本映画が国際的な注目を浴びる。
また国内興行でも、やはり97年には宮崎駿(「崎」は正しくは「たつさき」)監督のアニメーション映画『もののけ姫』が当時の国内歴代興行収入記録(当時は配給収入)を更新し、「邦画復活」の声がいたるところで聞かれた。
黒沢清や青山真治、是枝裕和、三池崇史、河瀬直美など、その後の日本映画を牽引していく新世代の才能も続々と現れ、むしろこの時期の日本映画は比較的肯定的に評価されてきたのではないか……と。
しかし、ここで筆者が強調したいのは、いわば当時の日本映画が置かれていた環境についてである。
