「語りづらい」時代
ともかく、映画に特化して見た場合、戦後の産業構造を長らく規定し続けてきた撮影所システムやブロックブッキング体制といった業界の「大きな物語」は80年代にはすでに完全に解体していた(鷲谷花「撮影所システムの終焉と「フリー」の時代」)。(実写の)映画監督がテレビドラマやCM、アニメはもちろん、Vシネマからミュージック・クリップまで何でも撮る時代が到来する。
しかし他方で、90年代に急速に台頭してきた新たな情報ネットワーク環境が、動画共有サイトやSNS、ケータイカメラといった多種多様なツールによって新たな「映像の生態系」を広げていく2000年代半ばまでには、まだだいぶ時間のへだたりがあった。
その意味で、日本映画における90年代とは、多種多様な「映像」の前景化によって、それまでの「映画」のあり方がプリズムのように多様化・拡散化していく一方、どこかはっきりとした焦点を結ばない、あいまいな歴史的位置づけを長らく強いられてきたわけだ。
そう、日本映画にとって90年代とは、どこかはっきりと「語りづらい」時代として長らくあったといえよう。
※本稿は、『『君の名は。』は日本映画に何をもたらしたのか 庵野秀明・岩井俊二・新海誠から読み解く現代日本映画史』(星海社)の一部を再編集したものです。
『『君の名は。』は日本映画に何をもたらしたのか 庵野秀明・岩井俊二・新海誠から読み解く現代日本映画史』(著:渡邉大輔/星海社)
大ヒット日本映画が続々登場する現在、日本映画史に新たな見方が求められている!
デジタル化やメディアミックス以降に到来した新しい映画文化の姿、その想像力へと至る日本映画の系譜を描き出します。




