疎開先で身につけた、外交術

戦時中、わたしとおばあさんは父方の縁を頼って、青森県八戸に疎開しました。

その途中でもこわい目に合っています。満員の汽車に乗って仙台あたりまで来たときだったかな。突然「敵機襲来。避難してください」とアナウンスが流れたんです。「避難しろ」と言われたって、周りは野原、遠くに林が見えるだけ。夢中で汽車の車輛の下にもぐり込みましたよ。その上を敵機がバババババッと機銃掃射したんです。目の前の小石がバチバチッと跳ねていってね。こわいなんてもんじゃなかった。

『88歳! 元気な秘訣、教えます 人生は夕方からが美しい』(著:林家木久扇/PHP研究所)

ようやく八戸の疎開先にたどりついて、叔父さんのところでお世話になることになるんですが、東京から来た子だから地元の子にいじめられる。クラスでも一人だけ標準語で話すから「なんだあいつは。かっこつけやがって」と、ランドセルに砂を入れられたり、トイレでおしっこしていると押されたり、上履きをかくされたり。

そういうときは、得意な戦闘機や戦車の絵を描いて、みんなの注目を集めました。その絵をあげると、「へえ〜」といじめっ子も感心して、そのうちクラスで尊敬されるようになった。

絵が“外交”に使えることを、知ったんです。