小学生にして「小さいお父さん」になりました

野犬に追いかけられながら続けた新聞配達

父は「戦争ボケ」というんですか、日本橋の家や店や財産が、あの3月10日の東京大空襲で全部焼けてしまって何も残らなかったので、気が抜けて、全然働かなくなったんです。

林家木久扇
撮影・渡邉茂樹

日本橋の家が焼けてしまったものだから、我が家は杉並に引っ越したんですが、結局、両親はわたしが小学生のとき、離婚します。

それからが大変でした。長男だったので、“小さいお父さん”になって、母を助けなければならなかった。

まだ小学4年生でしたが、毎朝4時半に起きて、新聞配達をしていました。西荻窪の自宅から、荻窪にある新聞の販売所までひと駅近く走って通うんです。

朝4時半というと夏は日がのぼっていますが、冬はまっ暗で寒い。当時は野犬がたくさんいましてね。8匹くらいに毎朝追いかけられるんです。

どうしたらいいか、あれこれ試した結果、踏み切りから線路づたいに隣駅まで行くのが一番いいことがわかりました。線路が銀色に光っていると、犬も気味が悪かったんでしょう。もう追いかけてきません。

だけど枕木をずっと走っていくと、ときどき鉄道自殺した人の血だまりがあって、消防署の人が焚火をしていたり。いろんなこわい思いもしました。