遠足に行って、300円稼いで帰ってくる
新聞配達のほかにもいろいろ働きました。夏は伝手を使って映画館でアイスキャンディー売りをしたり(大好きな映画も見られて一石二鳥)。空き缶拾いもやりました。当時は廃品回収の業者がいて、金属が高く売れたんです。
大きいU字型の磁石を買ってきて、ロープをつけて焼け跡を歩く。ただそれだけでも鉄くずがいっぱい磁石についてくるんです。それを業者に売ってお金に換え、おふくろに渡していました。
とにかく家は貧乏でした。学校で河口湖へ遠足に行ったときも、みんなはお弁当に玉子焼きやシャケなんか入れてきて、おかずの交換会をやっている。わたしの弁当はご飯に梅干しが一個のっているだけ。
恥ずかしいから人に見せられない。みんなから一人だけ離れて食べていました。
そしたら、目の前にガラス瓶が落ちていたんです。「あれ、もしかしてこれ、酒屋に持っていけばお金になるかも」と思って注意して周囲を見回すと、あちこちに瓶が捨てられている。
「そっか、これを洗って酒屋に持っていこう」。昼の弁当もそこそこに、せっせと空き瓶拾いに精を出したんです。
ビール瓶は3円、バヤリースオレンジの空き瓶は17円。
それを駅前の酒屋に持っていったら300円になった。当時はかけそばが一杯17円くらいでしたから、300円は大金ですよ。遠足に行って、お金稼いで帰ってきたのは、わたしぐらいじゃないかな。
それをおふくろに渡すと「お兄ちゃんは頭がいいね。ありがとう」なんて喜んでくれて。
小さいときから“お父さん”をやっていて、転んでもタダじゃ起きない。たくましかったですよ。
※本稿は、『88歳! 元気な秘訣、教えます 人生は夕方からが美しい』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
『88歳! 元気な秘訣、教えます 人生は夕方からが美しい』(著:林家木久扇/PHP研究所)
「長生きはもうかる、生きるが勝ち!」
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