特異な生き方、でもそれが自分の人生

――73歳になられましたが、お終活について考えておられますか?

終活はしないと決めてます。行き当たりばったりで、倒れたところが終点だと。もっとも理想的には死ねませんから、それこそ神さまの言うとおりにするしかないのですが、そもそも高齢者になった自分が、若い頃に思っていた大人とはかけ離れているのでピンときませんね。今も学生時代の仲間と月に1度くらい集まってゴルフ大会をしているのですが、プレイ中に僕がふざけていると「おまえ、それいつまでやるの?」と言われます。「一生」って答えているので、やっぱりお終活って感じじゃないですね。

終活が無意味だというのではありません。でも僕は規格外な人間なので…。

――映画の中心となっているのは熟年夫婦ですが、さださんが日常で心掛けておられることがあれば教えてください。

自分は規格外の人間だと言いましたが、つまり浮世離れしているということでね。だって僕は3歳でヴァイオリンを始めてからずっと音楽と共に70年間も過ごしてきて、音楽に関わっていない記憶はほぼないんです。歌を作り、歌って歌って歌って、全国ツアーをして、レギュラー番組があってと9割方が仕事で、日常生活は1割程度しかない。これってかなり特異な生き方で、でもそれが自分の人生だと思っています。第一、普通の人のコンサートなんて誰も来ませんよ。変な人が何をしているのかと興味を持ってコンサート会場へ足を運んでくださるのでしょう? 変さを維持するためには何かを犠牲にしないと。(笑)

グレープ(さだまさしさん)のコンサートの模様
撮影:田中聖太郎

20歳の時にフォークデュオ・グレープとしてデビューされて以来、たくさんのヒット曲を手掛けてこられましたが、苦しい時期もあったのでしょうか?

ありがたいことに73年にデビューした半年後に「精霊流し」が大ヒットして「無縁坂」へ続き、76年にソロ活動を開始してからも「雨やどり」「関白宣言」「秋桜」と好調だったもので、もっと有名になりたいとか、もっと認められたいともがいたことはないのです。でも悔しいことならありましたよ。たとえば「精霊流し」は当初、こんな暗い歌が売れるわけないと言われていた。5分以上もある曲はラジオの放送枠からはみ出しちゃうから流せないとダメ出しされたりね。でも今ではクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」を僕らが先に超えたというのが自慢です。(笑)

この仕事に毀誉褒貶はつきものだとはいえ、人間だからボロボロに批判されるとキツくてね。若い頃は孤独な山道を走り続けていると思っていました。でも、ある時、友達に打ち明けたら、「何言ってんだよ、お前は満席の国際競技場をグルグル回ってるだけじゃないか」と言われて、ハッとしたんです。以来、音楽の神さまに感謝するようになりました。