いまは認可されていないけれど、いずれ標準治療になる、などという言説を弄されたら、そうかもしれないと思う人もいるだろう。

たしかに、そのような治療があることは否定できない。だが、それは下駄を履くまでわからないのだ。「そのような治療があることは否定できない」というような、弱気な書き方をするから、あかんのかもしらんと思ったりする。

しかし、科学的な態度というのはそういうもので、こういう書き方こそが良心的で、このあたりは、科学リテラシーの基本中の基本なのだからいたしかたない。

それに対して、民間療法── 民間「治療」ではなく民間「療法」だ ──は、絶対に治ると言い切ることが多い傾向がある。だから、その言葉だけを信じてしまう人がいるのだろう。あるいは、信じたくなってしまう人がいるのだろう。

楽観的にすぎる判断だが、悲しいことだ。さらには、そういった治療法で儲ける医師がいるのはとんでもないことだ。