咀嚼してこそ経験や体験が意味をなす
経験も体験も情報も使える形まで噛み砕かないと自分の身にならない。この生理学的には当たり前な咀嚼という行動が、情報処理にもぴったり当てはまるのは面白いなと思います。
咀嚼という作業を「もう一人の自分」と対話をするように、時には反芻するように行います。消化していくことで、経験したことや新しく得た知識は自分の血肉に変わるのです。
この作業を行わないと、せっかく経験したこと、入手した情報も消化不良を起こした状態のままです。
もちろんリアルな人間関係で聞いたり、説明したり、議論を深めたりということもいいとは思いますが、いつも誰かがそばにいてくれるわけではありません。
