その頃からだった。私たちの生活に翳りが見えはじめたのは。私はそれでも懸命に互いをごまかしながら幸せなふりをしていた。
 そして、その努力は報われた。嘘の幸せが本物の幸せになったのだ。私は再び妊娠し、今度は無事に女の子が生まれた。麻子と名付けたのは夫の律夫だ。
 麻子には生まれつき持病があり、何度か手術をしなければならなかった。夫の家は貧しくとても頼れなかった。私は両親に頭を下げ、治療費の援助を頼んだ。
 その頃、佐々木蘭は新人賞を取って「初音蘭」としてデビューした。一作目はそれほど売れなかったが、二作目が大ヒットし、三作目で大きな賞を取ったのだ。そして、なぜか麻子に興味を持った。
 ――私は産む気ないから、いいとこ取りをさせてもらうわ。
 悪びれもなく言って、まるで裕福な伯母さんのようにブランド物の子供服などプレゼントを贈ってくるようになった。
 夫は予備校で非常勤講師をしながら小説を書き、投稿を続けた。だが、一次選考すら一度も通らなかった。
 私はパートをしながら入退院を繰り返す麻子の付き添いをした。医者は成長すれば体力がついてくるから、と励ましてくれた。夫はいつまで経っても小説家として芽が出ないことに苛立っていた。私はすこしでも家計の足しになれば、と大学生の頃に書いた短編を投稿してみた。すると、なんと二次選考まで進むことができた。でも、それを知った夫はショックを受け、数日の間まともに口を利かなかった。