投稿するべきではなかった、と気付いたときには遅かった。夫はすこしずつ精神のバランスを崩し、鬱状態になった。仕事を辞めて半年ほど休養したが、一向に回復の様子は見えなかった。でも、私もギリギリだった。麻子がもう何度目かの入院をすることになり、夫にかまっていることができなくなった。
 付き添いから家に戻ったとき、夫は冷たくなっていた。クローゼットで首を吊っていたのだ。涙は出なかった。
 夫の実家の連絡先すらわからなかった。なんとか調べて死を報せたが、父親はすでに亡くなって再婚した義母だけになっていた。彼女の反応は冷たかった。うちは関係ない、と。
 夫の葬儀を一人で出した後、病弱な麻子を抱えて私は困窮した。そんなとき、手を差し伸べてくれたのは母だった。
 ――お父さんに頭を下げて家に戻っておいで。お母さんも一緒に頼んであげるから。
 身も心も疲れ切った私は実家に戻ることにした。父に頭を下げて家に置いてくれ、と頼んだのだ。そのときに父の出した条件は「香川家」と縁を切ることだった。
 ――山際家に戻って世話になる以上、名は山際に戻さなければならない。もちろん麻子もだ。
 私と麻子は香川から山際に戻った。それから霧に出会うまで、ずっと実家で暮らしていたのだ。
 私はじっとスマホを見つめていた。仕事以外で登録されているのは蘭だけだった。
 そうだ。私が蘭との縁を切ることができないのは、彼女だけが私という人間がこの世に存在することを知っているからだ。家事と介護と育児とパートに磨り減っている無名の女の存在を、彼女だけが知っている。
 彼女が私のことを友人だと思っているかどうかはわからない。だが、この四十年間、彼女だけが私の許を去らなかった。連絡をくれ続けたのは初音蘭だけなのだった。