60歳を過ぎた木綿子は父の介護と引きこもりの娘の世話に日々追われている。不幸ではないが、いろんなものを諦めてきた人生だった。けれど、ひょんなことから知り合った2歳年下の男と出逢う。二人は互いに惹かれていくが……。遠田潤子さんが描く、静謐で過激な大人の恋愛小説。ぜひお楽しみください。

 翌週、寺内町を訪れた。
 珍しく白鳥蔵には客がいて霧が応対していた。七十代くらいの夫婦で男性は洒落(しゃれ)たパナマ帽を、女性は涼しげな楊柳生地の紺のワンピースを着ていた。二人は寄り添って試飲をしていて、薄暗い店内で見るとまるで戦前の映画のようだった。ただ当たり前に睦まじい夫婦を見ていると心が痛くなった。
 霧は私に気付くと静かに微笑んだ。私も黙って頭を下げた。
「奥でお待ち願えますか」
 私は分厚い暖簾をくぐって奥へ通った。すると、周りを蔵と母屋に囲まれた小さな中庭に出た。中心には古い屋根付きの井戸があって、紅色の芙蓉の花が満開で蔵の白壁によく映えている。母屋の縁側沿いに行灯仕立ての朝顔の鉢が並んでいた。青いプラスチックの鉢には「なかじょう ゆうと」と書かれていた。
 蔵の脇では大きな麦わら帽をかぶった若い女性が草むしりをしていた。