「その通りだ。でも、当時はその違いに気付かなかった」
 ひんやりと湿った声だった。でも、そこにごまかしはなかった。
「あなたもそうでしょう?」
「ええ」
 霧に感じたことはすべて我が身のことだ。私の人生はごまかしの積み重ねだ。見抜かれていたことが恥ずかしくてたまらなかった。
「僕たちはいろいろ似た者同士のようだ。山際さんも大阪の言葉じゃないようだし」
「父の方針で標準語を喋るように躾けられました。それに、夫は東京の人だったので。娘もほぼ標準語です。娘は大学を出て教師になったんですが、職場でいろいろあって退職して……今は家に引きこもってます」
「それはご心配でしょう」
「娘は大学の頃演劇をやってたんですよ。人前で堂々と演技をしていた子が引きこもりになってしまって、一時期は私もかなり落ち込みました。最初は部屋から出ることもできなかったんですが、最近はずいぶん元気になって、調子が良ければ買物に行けるし、家のことを手伝ってくれるんです。焦らずやっていこうと思ってます」
 霧はしばらく考え込んでいた。
「ご存じのようにこの町は石上露子の生家があって、毎年いろいろなイベントが行われます。今年は有志で朗読劇をやろうか、っていう話があるんですよ。よかったら、娘さん、参加してみませんか? ごく小規模なものだし、僕もサポートできると思います」
「朗読劇ですか。どうだろう……。あの子、外へ出たい気持ちは持っているんですが、なかなか実行に移すのは難しいようで」
「無理にとは言いません。でも、なにがきっかけになるかわからない。声だけ掛けてみたらどうですか?」
「そうですね。お気遣いありがとうございます。一度、娘と話をしてみます」
 思わず声が震えた。涙が出そうになったが懸命に堪えた。引きこもりや介護など外からは見えない家庭内の問題で苦しんでいるとき、外部の人から声を掛けてもらうだけでどれだけ嬉しいだろうか。
「また連絡します。山際さんも気が向いたらいつでも来て下さい。僕はいつでも蔵にいますから」
 

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