「なにが酷いって……霧さんの半纏の前で最初の夫のことを思い出してること」
霧はとても優しくて誠実で、すこしだけ卑怯な男だった。でも、そんな卑怯な部分は霧の生身を感じさせてくれるから愛おしい。「ただのいい人」ではなく「気の毒ないい人」なのだ。
ある日、ベーカリーカフェの仕事を終えて家に戻ると、初音蘭から荷物が届いていた。
開けてみると蘭の新刊だった。タイトルは『綿と霧の夜』、表紙には絡み合う男女のシルエットが描かれていた。帯には「今年最大の問題作。母であることを捨てて獣になった女のたどり着く先は?」とある。
こんなにあからさまに私と霧をモデルにした小説を出版するのか。せめて名前くらい変えればいいのに。しかも、それを平気で私に送りつけてくる。蘭の無神経さと図太さにげんなりしつつも感心した。
ページを開く気がしなかった。そのまま食卓の端に置くと、昼食の用意をした。インスタントのスープと店で作ったサンドイッチのあまりだ。
食事が終わると本を持って寝室に向かった。半纏に蘭の本を示しながら話しかける。
