レストランで食事をした。インバウンドの観光客が大勢いた。案内されたのは窓際の席で、霧はすこし迷ったようだがそのまま席に着いた。
 私たちはフランス料理を食べてワインを飲んだ。年齢的には世慣れ、落ち着いた熟年カップルのはずだが、私は緊張して背伸びをした大学生カップルと同じだった。
 部屋に戻って交代でシャワーを浴びた。
 この先に待っているのは霧とのセックスだということくらいわかっている。でも、ほとんど現実感がなかった。
 私は五十三歳のとき、閉経している。毎月、血の流れる生活が終わって、自分の性器に注意を払うことがなくなったのだ。
 最後に性器を意識したのは麻子を産んだときだった。痛み、縫合、出血、悪露(おろ)。そんな生々しい、思い出したくもないような記憶だ。
 麻子を産んでから、夫とは一度もセックスをしていない。夫は鬱状態で、私は病弱な麻子の世話に掛かりきりだった。お互いに助け合う余裕すらなく、かつてはたしかにあった愛情もいつのまにか喪われていた。憎み合ったわけでもなく、嫌いになったわけでもなかった。ただ、二人とも自分のことで精一杯だっただけだ。愛情も性欲もない。そんな夫婦生活が数年続いたが、夫の自死で終わった。