なぜか抜け落ちてしまった「1本の横棒」
事故後、原因を探るべく、すぐにNASAの精鋭が集められた。
機体の回収は難しかったので、調査は主にマリナー1号を動かしていたプログラムの解析によって進められた。
すると、探査船用の手書きの指示書に、必要な記号が一つ足りなかったことがわかった。
具体的には、半径や変数を表わすRの上に、棒線が1本なかった。
Rの上にバーがある場合、データの平均値を表わす。これは、たとえ急に数値が変化しても、なだらかに平均化し、適切に対応するための指示だ。
このバーがないと、ちょっとした変化でもマリナー1号的には大騒ぎになる。つまり、電波誘導が一時的に乱れただけで、「コースを外れている! さっさと修正しなくちゃ!」と過剰に反応し、あらぬ方向へ飛んだのだ。
Rの上のバーは、理屈で考えれば必要な記号だし、途中で気づかなかったの? と言いたくもなる。とはいえ、棒線たった1本だ。日本語のつづりでいえば、大量の文章を読んでいるとき、「県」や「美」の横棒が1本くらいなくても気づかない。数学でいえば、計算結果にマイナスをつけ忘れて減点なんて、実によくあることだ。
また、マリナー1号が発射された当時は、打ち上げのコンピューター制御が進んでいた。ロケットは地上からの誘導信号に従って進み、なんらかの事情で誘導が途切れたとしても、探査船本体のコンピューターで自動操縦できるようになっていた。
これなら安心……と思いきや、打ち上げ後に誘導信号を受信するためのアンテナが故障していた。その上、探査船本体の自動操縦プログラムは、例の棒が1本足りない。そして、自動だからこそ、間違ったプログラムにも忠実に従った。こうして、皆の期待を背負った機体が海の藻屑と化した。