祖母は呼吸をするのがしんどそうだった。肺が空気を吸い込み吐き出す音が、部屋の中で交互に響いていた。この肉体一つで戦争も借金も乗り越え、102年頑張ってきたのだ。丈夫な体だった。90を超えた頃に縁側から落ちても骨一つ折らず、昼寝をすれば回復した。その丈夫さが、読者を元気づけてきたのだろう。

祖母の努力呼吸は、わずかに残された肉体の力を肺から少しずつ吐き出しているようだった。そんな祖母の姿は、私の目には痛ましく映った。

今の祖母に地球の重力は重すぎる。早くその肉体を脱いで、これからは自分のためだけの時間を過ごしてほしい。それでもまだ、祖母は呼吸をやめなかった。

一分一秒でも長くこの世で呼吸を続けようとするのは、祖母の存在の源が強い好奇心だからなのだとも思った。祖母は死ぬその瞬間まで、余すことなくこの世を経験し尽くしたいのだろう。そう考えるのが一番祖母らしい在り方だと思った。

その日は家に帰ったのだが、翌日の夜、施設から電話がかかってきた。

「夜分遅くにすみません。バイタルが低下しているのでご連絡いたしました」

我々はすぐにタクシーで向かった。相変わらず祖母は荒い呼吸で、寝ているとも起きているともつかぬ様子だった。

「おばあちゃん……ママ……何も怖くないよ……おじいちゃんもおばあちゃんも迎えに来てるよ……あの世ではお迎えのお祝いをしてくれるよ、『お疲れ様』って」

ママと呼びかけられた祖母の目は虚ろだったが、一瞬だけ母を捉えた。母は祖母の手を握っていて、その時、力強く握り返していたらしい。親子の最後の、言葉のない会話だった。

夜中だったが、施設の方が気を利かせてCDプレーヤーを持ってきてくださった。祖母の耳に届いているかはわからないが、離れかかっている魂には届いていると思い、モーツァルトをかけた。祖母はモーツァルトが好きだった。

翌朝、祖母の呼吸が止まった。我々はいったん家に帰っていて、施設からの連絡で再度向かった。部屋に入ると、祖母は昨日の姿勢のまま静かに横たわっていた。