18歳で歌謡漫談家としてデビューし、ドラマ、舞台、映画、講演など、多方面で活躍されている泉ピン子さん。ご自身の人生を振り返り「色々と言われてきたけど、私はずっとただがむしゃらに、目の前のことに一生懸命向き合って、正直に生きてきた」と語ります。そこで今回は、泉ピン子さんの著書『ピン!として逝くのもいいじゃない ピン子78歳、最後に残したい言葉』より一部を抜粋して、波乱万丈な人生をお届けします。
信じた事務所に裏切られて……
この仕事を続けていて、いいことはたくさんあった。でも、もちろんいいことばかりじゃなかった。事務所社長に裏切られて裁判になり、借金を背負った。
はっきり言って私、稼いでましたよ。でも、それを自分では全然知らなかったの。だってお給料をもらってなかったんだもの。
18歳から50歳まで同じ事務所に所属していて、社長のことも家族同然に信頼してたの。社長もあんたは私の娘同然だなんて言って、お金はなくなったらお小遣いがないから欲しいとお願いしてた。
芸能界に入って何もわからない頃から面倒見てもらっていたから、そりゃ全部任せてたわよ。実印、印鑑、印鑑証明、全部社長に預けてた。
あれは50歳の頃ね。私も有名になってきてたから、あるとき、200万円ぐらいの着物が欲しかったんだけど、事務所には200万円なんて出せないと言われた。「高いのよね」って共演していた有名な先輩に相談したら、「なんでそんなにお金がなさそうなの? 私だって年収1億以上あるわよ」って言われたの。
「あんたみたいに稼いでる女が、200万も出せないなんておかしいわよ」と。
事務所に言われたことを伝えたら、あんたの稼ぎはそんなもんじゃないでしょ。そんな事務所辞めなさい、辞めたらわかると言われて、事務所を辞めて独立しようとしたの。
最初は社長も引き留めてきた。500万でも、1000万でもと言われたけど、もう頑なに辞めようと思った。そしたら向こうが「あんたには6億貸してるから、それ返してからね」って……。