「付城」を築いて兵粮の搬入ルートを遮断

兵粮攻めのために秀吉が築いたのが付城でした。

『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(著:濱田浩一郎/内外出版社)

兵粮攻めのために秀吉が築いたのが付城でした。

付城とは、敵の城を攻める際、その城に対峙する形で築かれる城のこと。

秀吉はこの付城を1つや2つ築いたのではありません。

50~60もの多くの付城を築くに至ったのです。

付城と土塁(盛土による防壁)を築き、三木城を厳重に包囲し、敵方の兵粮搬入ルートを遮断。

これにより、敵方の兵粮が枯渇することを狙ったのでした。