牛や馬、鶏や犬を食べ、やがて…

「三木の干殺し」とも呼ばれる凄惨な兵粮攻めが行われたのですが、それにより三木城には「地獄絵図」が現出します。

城内の兵士は旧穀(前年に獲れた穀物)が尽きると、糠や飼葉を食べていましたが、それがなくなると、牛や馬、鶏や犬を食べるようになります。

それも尽きると、とうとう人肉を食べるようになったというのです(『播磨別所記』)。

人を刺し殺し、その肉を食べたと推測されます。