家族から見た細木数子は“愛の人”
ドラマ冒頭の「この物語は事実に基づいた虚構である」というテロップのとおり、あの物語はフィクションです。私たち家族は批判的なことを言われたり書かれたりするのに慣れていますが、観た方から「実物もああだったのだろう」と思われるのはちょっと残念に思います。
母はテレビに出るときこそ派手なブランド物の服を着て、大きな宝石を身に着けていましたが、家では穴の開いた部屋着を何年も着続ける質素な人でした。そのまま犬の散歩に出かけてしまうため、慌てて着替えさせたこともあります。ドラマでは、自宅でも美しく着飾っていましたよね。
シェフを雇って、自宅でも贅沢な食事をしていたのでは?と言われることもありますが、家では自分か私が作った料理しか食べず、メニューも焼き魚に野菜の煮物、お味噌汁、納豆など、シンプルな和定食。貧しい時代を生き抜いてきた人だけに、食事時には「あんたたち、美味しいものをお腹いっぱい食べられる生活を当たり前だと思ったらダメよ」とよく口にしていました。
家族のために常に冷蔵庫に食べ物をストックし、子どもたちが帰宅しておやつに食べられるよう、きれいにむいた果物を用意してくれた母。宅配便の配達員さんが来た際は、「いつもご苦労さま」とお茶とお菓子を手渡していました。私たちにとって母は、身近な人を思いやる“愛の人”だったので、どうせ描くなら素の柔らかい部分まで描いてほしかったなと思います。
ちなみに母が溺愛していた犬は、初代がティアラちゃんで二代目がパールちゃん。ティアラちゃんは亡くなりましたが、パールちゃんは今も長女が大事にお世話をしています。とにかくどこに行くのも一緒で、晩年は愛犬を一緒に連れて行けないからと、外食もほとんどしなくなったくらい。その部分はドラマ通りでしたね。
とはいえ、生前の母をよく知る方々が、ドラマを観て「本当の細木先生は全然違うのにねぇ」と言葉を寄せてくださるので、そういう意味では良かったのかなと。亡くなって何年も経つのに、今またこんなふうに注目していただいて。家族と「こういうのもまた、ばぁばらしいね」と話しています。
晩年はもう欲もなく、本人も「なんで私はこんなにいろんなものを手にしちゃったんだろう?」と言っていたくらい、お金への興味や物欲も失っていました。皆さん「細木数子には商才があった」と言ってくださいますが、私の知る母は徹底した仕事人間。プライベートも何もなく、生活のすべてを仕事に費やす人生だったからこそ成功できたのだと思います。