心のバランスをとりながら歩み続けてきた
木版画を始めたのは25歳の時です。私は幼い頃から水彩画や油絵を描くのが好きだったのですが、ある時、友達に誘われて井上勝江先生の版画展を見に行ったのです。木版画と聞いて民芸調のものを想像していたのですが、モダンな作品ばかりで心を奪われて……。中でも白バックに黒いポピーの花を描いた作品、逆に黒バックに白いポピーが描かれた作品が並べてあって圧巻でした。赤は使われていないのに、ポピーの花が赤く見えたような気がして衝撃を受け、私も人の想像力を搔き立てるような作品を作りたいと、井上先生に師事して木版画の世界へ飛び込んだのです。
作品に取り組んでいる時間は自由な世界にいます。ここに木を入れちゃおうとか、この電信柱は邪魔だからと取ってしまったり。すると「自分がずっといたい場所」を表現することになり、心の安定感につながるのです。世の中の喧騒を離れて安らぐための居場所が必要なのだと気づかせてくれたのは木版画でした。45歳の時に日本で個展を開催したのを皮切りに、台湾やドイツ、フランスなど世界各国で個展を開き、日展で特選を受賞することもできました。作品づくりをしていると無の境地に入り、瞑想をしているような感覚になります。芸能活動が「動」なら木版画家としての活動は「静」。そうして心のバランスをとりながら、私は歩み続けてきました。